2010年4月30日金曜日

神様のカルテ

夏川 草介(小学館、2009/8/27)

本庄病院に勤務する内科医、栗原一止を主人公にした話。第十回小学館文庫賞受賞作。
本庄病院は日常的に医師が不足しているため三日間不眠不休で勤務を続けることも多く、また、専門外の患者を診ることも当たり前。こんな環境で5年間を過ごした栗原に母校の医局から誘いがかかる。
大学で先端医療を学ぶチャンスな訳だ。
しかし、地域医療の真っ只中でもう手だてがないために見放された患者たちの為に出来ることを一緒にする医者がいてもいいのではないかと悩む。

タイトルや帯のコピーから神懸かりや奇跡的なことが書かれているのかと勝手に想像していたが、物語も登場人物もとても人間的で、なので余計素直に温かい気持ちになる。

とくに妻ハルさんとの関係がいいな。

2010年4月26日月曜日

新世界より(上・下)

貴志 祐介(講談社、2008/1/24)

第29回日本SF大賞、大賞作品。
物語は、今から約千年後の日本の話。語り部で主人公の渡辺早季が子ども時代から35歳になった現在までの記録を更に千年後の同胞に向けて記した手紙という形で語られる。
渡辺早季は、この物語の暦で210年12月10日生まれ。

早季が暮らす千年後の世界は、超能力(呪力)を持った人間達が暮らす平和で争いの無い理想郷だ。子どもたちは大人から教えられることを疑うことなく鵜呑みにして成長する。情報過多の現代とは違い、ここでは徹底的に情報はコントロールされ子どもたちは管理される。管理できないと判断された子どもは、不浄猫により処分される。

人類は様々な争いを経ていたが、ある時より超能力を持った人間と持たない人間との対立による戦いとなる。結果、超能力を持ったもの達が勝利し、この理想郷を作るに至る。
しかし、この一見理想郷に見える社会は多くの代償により成り立っている。

超能者は一人で地球を破壊してしまうほどの力を恐れ、人間(の形をしたも)のには能力を使うことができない様に愧死機構という抑制力が埋め込まれた。また、人を傷つけた場合にもこの愧死機構が発動するように潜在意識に埋め込んだ。だから、人型の外敵に対しては為す術もないという欠点を持ってしまう。その災いの元(悪鬼や業魔と呼ばれる)を絶つ為に、不浄猫ってのが出てくる。(でも、指示した人の愧死機構は発動しないのかしら?)

上下巻で1000ページに及ぶ分厚い本なので、もっぱら家で寝る前に読んだ。
上巻はこの物語の世界観の説明が主で、これが中々かったるくて進まず、また、下巻にはいると随分物語は動くようになるのだが、不気味な虫だのグロテスクな生き物の描写が多く、どうも夢見が悪くなる本だった。但し、言わんとしていることは身近に思い当たることもあり、教訓的で興味深い。

2010年4月19日月曜日

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

岩崎 夏海(ダイヤモンド社、2009/12/4)

野球部のマネージャーになったみなみ。具体的に何をすればいいか解らず「マネージメントをするのがマネージャー」と考え、ドラッカーの『マネジメント』を読んで実践する。

野球部にとっての顧客とは、など不思議な視点で無理矢理話を進めるがそこそこ楽しめる。
ただ、がむしゃらに前進してきたみなみがちょっとしたきっかけで崩れてしまう件はちょっと唐突。

2010年4月16日金曜日

煙突の上にハイヒール

小川 一水(光文社、2009/8/20)

「SFが読みたい」でベストSF2009、13位に選ばれた小川一水の短編集。
ハードなSFではなく、どの物語も既に何処かで起こっているような、とても読みやすいストーリー。
但し、その内容は人の感情や社会の問題を鋭く見ていて決して軽いわけではない。
読後には、どことない寂しさとホンワカとした暖かさが残る。

「煙突の上にハイヒール」
結婚詐欺に引っかかって、落ち込んでいた宿原織香。口座を作るために来ていた銀行でふと目にした雑誌に載っていた背負い式一人乗りヘリコプター「MEW」。
何故か価格が口座を作るために用意した金額と同じ142万8千円。現金を手にその足で製作会社へ。

「カムキャット・アドベンチャー」
主人公の御厨が飼っている猫のゴローさん。最近太り始めたゴローさんは外で餌をもらっているらしい。
何処でもらっているか調べるために、首輪に小型ビデオカメラを取り付けて見てみると。

「イブのオープン・カフェ」
未知は雪の降るクリスマスイブの夜、ガラス張りのカフェの前庭にある、ディスプレイ席で悲しみに暮れている。ここで少年型介護ロボットのタスクと出会う。悲しいけどいい話。

「おれたちのピュグマリオン」
倉近稔が終業後にこっそり作っていたメイド姿のロボット「ミナ」。ある日、先輩で第四開発室長の吉崎晃司に見つかってしまうが、製品として世に出せるよう、話が進みいつしか世界に溶け込んでいく。
AIが苦手としている情報処理を回避するようなアイデアで、必要以上ににディテールに入らないので読みやすい。
ロボットが世の中に認知された後の社会における倫理観や制度に話が及ぶところがおもしろい。
もうそんなに遠い未来ではないと思わせる。

「白鳥熱の朝に」
インターフォンの音で目を覚ました狩野習人が玄関に出てみると、荷物を抱えたセーラー服の少女、山口芳緒が立っていた。鳥型インフルエンザウィルスが変異した「白鳥熱」の流行によって810万人の死者を出したこの世界は2015年の日本。
心の傷をもった、習人と芳緒が生きるパンデミック後の世界を書いた物語。
まだ、新型インフルエンザの世界的な流行のニュースが記憶に新しいが、報道時に何気なく聞いていた感染者の情報にしても、当事者からすればこんなにも残酷なことなんだ、ということに気がついた。

2010年4月11日日曜日

地球移動作戦

山本 弘(ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション、2009/9)

山本弘の本格長篇宇宙SF。
この前に読んでいた「わたしのための物語」と同じ時代設定の西暦2083年。
謎の新天体2075Aの調査のため、ブレイドを船長とする深宇宙探査船ファルケが派遣される。新天体2075Aを発見し「シーヴェル」と名付けるが、この星が24年後に地球に迫り壊滅的な被害をもたらすことを突き止める。
シーヴェル対策に追われる地球では、天体物理学者である風祭良輔が発案・提唱した計画の実行に向けて準備を開始するが、殺害されてしまう。

超光速粒子推進を実用化した「ピアノ・ドライブ」や、人工意識コンパニオンのACOM(エイコム)など、近未来に登場しそうな仕掛けが楽しい。特に人工意識コンパニオンが物語の中で重要な位置を占めている。同じ時代設定でも「わたしのための物語」よりは進んでいる。

2010年4月5日月曜日

あなたのための物語

長谷 敏司( ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション、2009/8)

主人公のサマンサがボロボロになって死を迎えるプロローグから始まる。この表現が壮絶。
物語は、サマンサが余命半年と宣告されてから死ぬまでの葛藤を描いた物語。

西暦2083年、ニューロロジカル社の共同経営者にして研究者のサマンサ・ウォーカーの研究室。脳内に疑似神経を形成することで経験や感情を直接伝達する言語 ITP (Image Transfer Protocol)の研究・開発の為、世界で初めてITPテキストによる創造試験体、仮想人格「wanna be」を量子コンピュータ上に立ち上げる。

サマンサは、自らの脳にITPを移植した際に、親の代の移植手術が原因の不治の病で余命半年と知る。
どんなに科学が進んでも「死」は必ずついて回る。また、科学が進んでいるが為に生きることに執着し、苛立ち、足掻く。

物語が進むにつれて、サマンサと「wanna be」の間に交流が生まれる。
サマンサの死が「wanna be」のシステム上からの消去=死となる関係でのやり取りは、心境の変化(サマンサ)と認識の変化(wanna be)が面白い。